最終コーナーを立ち上がる。
アクセルは全開だけれど、あくまで紳士的に開ける。
だから、スリッピーな路面でもリアは破綻する事なく、まるでカタパルトから飛び出す飛行機の様に、コーナーを立ち上がって行くことが出来る。
バイクに乗っていて、僕が一番好きな感覚がこれだ。
あまり長くないストレートの間に2回シフトアップすると、もう1コーナーが迫ってくる。
タコメーターの針はゆっくりレッドゾーンに近づき、一瞬シフトアップを迷うが、結局そのままブレーキングに入る。
2ストロークのバイクで急激にアクセルを戻す、それは緊張の一瞬だ。
僕は一度、高速道路を走行中に、エンジンが焼け付いてリアタイアがロックした事がある。
幸い大事には至らなかったが、500ccのホンダは古くてもう骨董品に近いから、なおさら体に力が入る。
しかし、心配は杞憂に終わり、何事も無くタコメーターの針は下を向き、僕はフロントタイヤに全神経を集中して、減速Gに備える。
ささやかな抵抗が終わってもブレーキはまだ完全には戻さない。
左のステップに体重を乗せて、マシンの内側へ体を滑り込ませる。
まだ加重が抜けているリアが堪らず外に逃げ始めるが、大丈夫、まだコントール出来る。
ブレーキを一気にリリースすると、鉛の様だったハンドリングは嘘の様に軽くなり、膝が路面に接触するのと同時にマシンは一気に向きを変え始める。
フロントタイヤがクリップを掠める頃には、もうリアのスライドは収束していたが、アクセルをラフに開けると再びスライドが始まる。
自然にカウンターが当たるが気にはならない。
フロントタイヤが巻き上げる小石を見ながら、今日は乗れている、、、と感じる。
S字の切り返しのタイミングも思った様に決まったが、立ち上がりで少しアクセルを開けすぎたようだ。
スライドが少し大きくなり、直後の大きく左に回り込むコーナーでインに付き過ぎたマシンはゼブラゾーンに乗り上げ、左膝がグラベルに落ちる。
軽いショックが伝わってきたが、大きく振られる事なくコーナーを立ち上がることが出来た。
次の周回はラインを少し変えてみよう。
そう思いながら複合の最終コーナーへ向かう。
一つ目の左コーナーをクリアし、二つ目の左に向けて更にマシンをバンクさせる。
一瞬フロントが外に逃げるような感触があった。
何故?
それは咄嗟に理解出来ない挙動だった。
しかし僕の当惑は無視され、直後、今度はリアが大きく外に流れた。
堪らずカウンターを当てるが、直ぐにそれを後悔する事になる。
マシンは左に大きく傾いた後、再び起き上がり、沈み込んだサスペンションを一気に開放させていく。
僕は暫くの間宙に浮かんでいた。
バイクの少し前に投げ出されたので、僕はステップあたりから火花を散らしながら滑って行くバイクを後ろ向きに見る事になった。
その後起こるであろう事は理解できたが、体は鉛の様に重く反応しない。
「ハイサイドだ」と心の中で呟きながら、僕は少しずつ地面が近づいてくるのをぼんやり眺めていた。
了
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コーナーの向こう側
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